私にとって、写真というものはなんなのだろうか。
そういうことを、最近よく考える。
なぜ、写真を撮ることが好きなんだろう。
写真は、「光の絵」とも呼ばれる。
そもそも、写真っていうのはどういう仕組みで
見ているものがカメラで撮影して紙に写るのか。
そういうことを知ったのは去年の春頃だった。
私が生まれたときにはもう、カメラというものは当たり前にあって
高校生のころには携帯にもカメラ機能が付いていた。
撮ることが当たり前になった現代で、私はなぜまだ撮りたいなと思うのか。
どういうものが撮りたいのかを今一度考えてみる。
私が心躍る瞬間というのをまずは書き出してみた。
人と景色がマッチしているとき、自然が壮大で美しい時、光と影、自然と動物。
こういうときに、だいたいシャッターを押したくなっている。



んーーー、こうして文字にして見てみると、”真の美”みたいなものを
映し出したいのかもしれないと思った。
人が自然とひとつになる瞬間が、この小さな1枚に残る。
奇跡みたいにマッチしている瞬間がなぜか好きなのかもしれない。
「人間は自然の一部である」
ということをある人に教えてもらってから、私や友人、自然の植物なんかも
全て小さな粒だったんだと思った。
多分私は、この世界の中に“生きていることの証”を探している。
私にとって写真とは、現実を写す行為ではなく、
存在そのものを確かめる祈りとか、自分が見てる世界を人に届ける手段なのかもしれない。
人の動き、街の光、自然の揺らぎ、動物。
一見繋がっていなくて、私は一体なにを撮るのが好きなんだろう、、と
思っていたけど
壮大な自然の中の一部と思うと“すべてはつながっている”ということを感じる。
その瞬間を撮ることで、私は世界と繋がり、喜んでくれる人も居るのかもしれない。
いろんな間を見つめて、
世界のやさしさの記憶を撮る人でありたい。





